大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(行コ)56号 判決

第五六号控訴人(原告)

浅沼武臣

外四名

同被控訴人(被告)

静岡県教育委員会

第五七号控訴人(被告)

静岡県教育委員会

同被控訴人(原告)

名波三子夫

主文

第五六号事件の控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は同事件の各控訴人の負担とする。

第五七号事件について原判決を取り消す。

被控訴人名波三子夫の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも同事件の被控訴人の負担とする。

事実

第五六号事件控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人らに対し昭和二四年一〇月八日付でした各免職処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、第五六号事件被控訴人、第五七号事件控訴代理人は、第五六号事件について控訴棄却の判決を、第五七号事件について、主文第三ないし第五項同旨、(なお本案前の申立として被控訴人名波三子夫の訴を却下する旨)の判決を求め、第五七号事件被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する。(ただし、原判決原本三丁裏八、九行目の「昭和二二年法律第二二二号」とあるのは「昭和二三年法律第二二二号」、同九丁裏一行目の「第一条第三項」とあるのは「第一条第一項」同一〇丁表一三行目の「第三条第三項」とあるのは「第三条第一項第三号」、同一二丁表八行目の「各一、三」とあるのは「各一、二」、同別表第二裏の「小学校教諭仮免許状、中学校教諭仮免許状、幼稚園教諭仮免許状」とあるのは「小学校助教諭仮免許状、中学校助教諭仮免許状、幼稚園助教諭仮免許状」の誤記と認める。)。

一  第五六号事件控訴人村野は、「同人に対する一審被告の退職勧告には合意解約の申込とともに退職願の不提出を条件とする免職処分の意思表示が包含され、同控訴人の退職願は右条件付免職処分の意思表示と密接不離の関係にあつたから、条件付免職処分が思想信条または組合活動を理由とする無効のものというべきである以上、同控訴人の退職願、ひいては同人に対する依頼免職処分は無効である。」と述べた。

二  第五六号事件控訴人第五七号事件被控訴人(一審原告)は、当審において新たに甲第一六号証の二ないし四、第一八、第一九号証の各一、二、第二〇号証の一、同号証の二の一、二、第二一号証の一ないし四、第二二号証、第二三、第二四号証の各一、二、第二五号証、第二六号証の一ないし八、第二七号証の一ないし三四、第二八号証を提出し、(ただし、甲第一六号証の二ないし四、第二一号証の一ないし四、第二二、第二八号証は写)、当審証人寺田銕、同村野けい、同中村信一、同岡野徳右衛門、同鈴木健一の各証言および被控訴人名波三子夫本人尋問の結果を援用し、乙第二六、第二七号証の成立を認めた。

三  第五六号事件被控訴人、第五七号事件控訴人(一審被告)は、当審において新たに乙第二六、第二七号証を提出し、当審証人伊藤昌明、同石田潔の各証言を援用し、甲第一六号証の二ないし四、第二一号証の一ないし四、第二二、第二八号証の各原本の存在と成立、第一八、第一九、第二三、第二四号証の各一、二、第二五号証の各成立をいずれも認め、その余の当審において新たに提出の甲号証の成立は不知と述べた。

理由

一、当裁判所も一審原告浅沼、同田中、同松永、同鵜野の本件訴は訴訟利益を欠くものと判断するが、その理由は、次に付加するほか、原判決理由欄一の説示と同一であるから、これを引用する(ただし、原審原告二橋、同小山に関する部分を除く。)。

(1)  原判決原本一三丁裏一〇行目に続けて「一審原告浅沼同鵜野は施行法第一条により免許状を有するものとみなされ同第八条の適用は受けない旨主張する。なるほど当初の施行法においてはそのように規定されていたのであるが、昭和二六年法律第一一四号により同法第一条、第八条等が改正されて旧免許状を有する者も昭和二七年三月三一日までに該当免許状の交付を受けることを要するものとされるにいたつたのであるから、右主張は理由がない。」を挿入する。

(2)  原判決原本一四丁表二行目に続けて「一審原告田中、同松永は検定および免許状の授与を受ける必要はない旨主張するが、施行法の規定上そのように解すべき根拠はなく、右主張はひつきよう独自の見解であつて採用することはできない。」を挿入する。

(3)  原判決原本一四丁表二一行目に続けて「なお右一審原告らは本件免職処分が無効とすればその後昭和二七年三月三一日までは従前の地位にあつたこととなるが、同人らは本件訴において現在もなおその地位にあることを主張しその前提においてのみ免職処分の無効確認を求めているものであるのみならず、もし右日時までの給与等の請求権との関係において法律上の利益を有するものとするのであれば、―本訴提起前にすでに消滅時効期間は経過しているが―直さいにその給付を求める訴によるべきである。」を挿入する。

二、一審被告が昭和二四年一〇月八日、当時原判決別表第一記載の各学校の教諭であつた一審原告村野を依頼免職し、同名波を官吏分限令(明治三二年勅令六二号文官分限令を昭和二一年勅令一九三号により改題)により免職したことは当事者間に争いがなく、成立について争いのない甲第二号証、同第一三号証の一、二、乙第二〇号証の一ないし四、同第二一、第二二、第二六号証、原審証人山川伊平の証言により真正に成立したと認められる乙第二四号証の一、二に、同証言、原審証人大石明、同佐藤金一郎、同森源(第一回)、同藁科喜久、同粂田英一、同戸塚一男、同本杉亮平、同土屋一夫、当審証人石田潔、同岡野徳右衛門、同鈴木健一の各証言を綜合すると、一審被告が右各免職処分をするに至つた経緯を次のとおり認めることができる。

政府は昭和二三年一二月連合国最高司令官から日本経済の安定と自立態勢確立のために指令された経済九原則に対応し、行政機構を縮少するため、昭和二四年に組織の再編成と大幅な人員整理を断行したが、その一環として、義務教育費国庫負担法施行令(昭和二四年政令九〇号)を制定し、定員定額制を採用した。これにともない静岡県においても教職員の定員数をこの財政的枠内で調整するため、昭和二四年九月二八日同県教職員定数条例(昭和二四年同県条例四五号、同年一〇月一日施行)が制定されたが、この条例によると県下教職員につき従来より約二〇〇名の過員を生じ、これを同年度末の昭和二五年三月末日までに整理減員しなければならなくなつた。一審被告としては、このような情勢に即応するため、右条例の制定に先だち、同年九月頃から県内一〇カ所の教育事務所長に対し、右整理の趣旨を説明し、「主要経歴、各種団体との関係、研究動向、個人的活動、教育活動等の諸項目に亘り、特に人格、勤務状況、教育指導に関する知識、技能につき重点的に調査し、その長期観察の結果、教職員としての適格性を欠くと認められる者を整理する」という基準を設け、管内各学校の教員につき、この該当者を調査、報告するよう指示した。そこで各教育事務所では所長が庶務課長、指導課長などの協力をえて管内各学校の教員について、個別的な授業参観ないし所属学校長との面談などの方法により具体的な資料を収集し、このようにして得られた資料と各学校長より提出された内申を総合判断し、右基準に該当すると思われる者若干名を選定して、その氏名を各教育事務所長から一審被告に進達、報告した。一審被告は前記過員のうち年度内の自然退職者を見込んで、これらの名簿の中から県下六七名に及ぶ教員を指名整理することに決定し、同年一〇月八日教育委員会事務局員、教育事務所長、校長らを通じて各該当者に「長期観察の結果、教員として不適格である。」との理由をもつて、まず一斉に任意退職を勧告したところ、うち一審原告村野を含む四五名が辞表を提出して依願退職した。右勧告を拒否した者は同日付でいずれも免職されたが、一審原告名波も教育公務員特例法施行令(昭和二四年政令六号)第九条、地方自治法(昭和二二年法律六七号)附則第五条第一項に基づく官吏分限令第三条第一項第三号により免職された。以上の事実を認めることができ、この認定に抵触する甲第七号証の一ないし七、九、同第二六号証の一、三ないし八、同第二七号証の一ないし三、五、六、九、一一、一三ないし一五、一七、二一、二五ないし二七、三〇中の各記載は、前掲証拠と対比して採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、一審原告名波の主張について。

(一)  一審原告名波は、同人に対する免職処分の原因となつた前記静岡県教職員定数条例が、(1)特定人を解雇するため制定された不法かつ不合理のものであり、(2)国が一方的に教員の定数を定め、それに従つて地方定数条例を改正し、これを理由とし教育上の必要を著しく無視して教職員を免職するという、地方自治の本旨ならびに教育の基本にもとり、法制度の建前から許されないところのもので不法かつ不合理のものである、(3)また、その制定の縁由となつた定員定額はアメリカの占領軍としての権限を超えた、わが国を極東の軍事基地化し、かつ独占資本主義を復活強化しようとする不法な政策企図にでたいわゆるドツジプランなる占領政策に基づくもので、したがつて、このような企図より発した定員定額制、ひいてはそれに基づく右条例が不法かつ不合理であるから、この条例に基づく処分は正当の理由のない無効の処分であると主張する。しかしながら、(1)の本件定数条例が特定人を解雇するために制定されたものであることを認めるに足りる証拠は全くない。もつとも、成立に争いのない甲第四、第五、第一二、第二四号証の各一、二、同第二五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一六号証、原審証人森源の証言(第一回)とこれにより真正に成立したと認められる甲第六号証、同証言(第二回)とこれにより真正に成立したと認められる甲第一七号証、当審証人中村信一の証言とこれにより真正に成立したと認められる甲第九号証に、当審証人寺田銕の証言を綜合すると、昭和二四年当時政府のした一連の行政整理が、世上一般には共産党員、あるいはその同調者を公の機関から追放するいわゆるレツドパージと称されていたこと、同年九月頃静岡県の教職員に対してもレッドパージがあるだろうという噂が流布され、定員定額制の採用にともなう静岡県教職員定数条例とこれに基づく過員整理も、これをもつてレッドパージであると喧伝されていたこと、右条例に基づき整理された者の大部分が共産党員またはその同調者であつたこと、ならびに本件処分後昭和二五年四月および同年七月には右定数条例が改正されて相当数の増員がなされていることを認めることができるが、当時連合国最高司令官から共産党員およびその同調者を追放すべき旨の指令があつたため定員定額制が採用されたとか、静岡県教職員定数条例制定について占領軍の圧力があつたとか、あるいはそのような企図のもとに定員定額制または右定数条例が制定されたとかなどのことを認めるに足りる証拠はないのであるから、右の事実だけで右条例が特定人を解雇することを目的として判定されたものということはできない。(2)の主張についても、国が財政的理由により、定員定額制を採用し、国庫負担の見地から都道府県の教職員の定員を定めたからといつて、その政策の当否は別として、これが直ちに地方自治の本旨ならびに教育の基本にもとるともいえないし、法制度の建前から許されないということもできない。また、(3)定員定額制が遡れば連合国最高司令官の指令にかかる経済九原則の実施によるものであることは先に認定したとおりであるが、その政策の当否は裁判所の判断すべきところではなく、定員定額制の採用にともない制定された右定数条例が不法かつ合理性がないということもできない。これらの点に関する一審原告名波の主張は採用の限りでない。

(二)  一審原告名波は、同人に対する免職処分は、当時共産党員であつた同人の思想信条を理由とするもので、憲法第一四条、労働基準法第三条に違反して無効であると主張する。成立に争いのない乙第八号証に、原審証人戸塚廉、同赤堀洪造の各証言および一審原告名波の原審と当審における各本人尋問の結果(原審においては第一、二回)を綜合すると、一審原告名波は、昭和二〇年三月三一日から静岡県小笠郡南山村国民学校(小学校と改称されたのは昭和二二年四月一日以降)に勤務していたが、同年一一月下旬日本共産党に入党するとともに、いち早く教職員組合結成運動を展開し、昭和二一年一一月には同県小笠郡教職員組合の結成に関与してその組織部長となり、昭和二二年六月には同県教職員組合の結成に関与して、同組合小笠支部の書記長となり、共産党細胞活動ならびに組合活動のいずれにもきわめて熱心であり、その活動が目立つていたこと、学校教育についても「教育の民主化」「自主的教育」などを唱道して職員会議の席上、または学校長と直接議論をたたかわすこともまれではなかつたことを認めることができるが、このような事実だけで同人に対する免職処分が、同人の思想、信条のみを理由としてされたというには足りず、また同人とともに整理された者の大部分が共産党員またはその同調者であつたという前記認定の事実をもつてこれを証するに足りる証左とすることはできない。なお、本件過員整理後昭和二五年四月から相当数の復職者があつたが、これにつき原審証人森源(第二回)は共産党を離脱し、かつ組合活動をしないことを条件とされた旨供述するが、この供述部分は当審証人伊藤昌明の証言に照しこれを採ることはできない。その他本件免職処分が一審原告名波の思想、信条のみを理由としてされたことを認めるに十分な証拠はなく、かえつて前掲乙第八号証成立に争いのない同第二七号証に原審証人佐藤金一郎、同粂田英一の各証言および前掲名波本人尋問の結果を綜合すると、一審原告名波は、右のような「教育の民主化」「自主的教育」の見地から、その意図はともかくも、南山小学校に勤務していた昭和二二年八月までの間に、当時受持つていた児童に対し、号令をかけて先生におじぎをしなくてもよいとか、掃除をしなくてもよいとか指導をしたため、一部の父兄から強い非難の声があがり、P・T・Aから教育事務所長に対して苦情の申入れがあつたこと、そしてそのような教育方針は校長や年輩の教師からは理解されなかつたことを認めることができるのであるから(この認定を左右する証拠はない。)、一審被告が一審原告名波を、前記認定のような処分基準に照し、長期観察の結果教員として不適格であると判断したことが、全く根拠を欠くというべきものではない。そしてこのような判断は過員整理基準としての相対的な不適格性についてのものとしては一概に不当不合理なものと解すべきではなく、いわんやその判断を排して他の理由に基づくものというべきわけのものでもない。よつて本件免職処分が共産党員であつた同人の思想、信条のみを理由とした処分ということはできないから、この点に関する同人の主張は採用できない。

(三)  一審原告名波は、本件免職処分が同人の組合活動を嫌悪し、これを差別待遇する意図で行なわれたものであり、不当労働行為で無効である旨主張する。しかしながら、同人が組合活動に熱心で目立つていたことは前記認定どおりであるが、その故に本件処分がなされたことは、これを認めるに足りる証拠はなく、同人に対する処分が根拠を欠くものでないことは(二)で述べたとおりであるからこの点の主張も理由がない。

(四)  一審原告名波は、本件免職処分は人員整理の理由必要がないのに恣意的、無目的にされたものである、すなわち(1)過員が多数あつたのに何故同人を含む六七名のみを整理したか、合理的理由がない、(2)休職の方法によらず何故免職処分にしたか合理的根拠がない、(3)自発的退職者を募集する努力を尽すべきであるのにこれを尽していない、(4)合理的整理基準が立てられていないなど正当な理由のない処分であり、解雇権の濫用によるもので無効である旨主張する。しかしながら、本件免職処分の経緯については前記認定のとおりであり、(1)自然退職者を見込んで同人を含む整理対象者を六七名と決定したことが全く合理性を欠くともいえないし、(2)財政的理由からする過員整理について休職の方法をとらないことが、直ちに免職処分の合理的根拠を欠くともいえない(官吏分限令第一三条参照)。(3)自然退職者を募集してしかる後に免職を含む過員整理をすることは、整理の方法として合理的であるということができるとしても、これをしないことをもつてすべて免職処分が不合理であるということはできない。(4)一審被告においては前記認定のように一応本件免職処分をするについての基準を設定しているものと認められるのであり、この基準が全く合理性を欠くということもできない。以上のように、この点の同人の主張もまた理由がなく採用することはできない。

(五)  ついで、一審原告名波は、本件免職処分は、(1)文部大臣と全日本教員組合協議会の間に昭和二二年三月八日なされ、また教員組合全国連盟との間に同月一一日された労働協約、および静岡県知事と静岡県教職員組合との間で同年八月七日締結された労働協約に基づく各協約所定の教職員の任免に関する人事委員会の協議を経ておらず、(2)「都道府県職員委員会に関する政令(昭和二四年政令七号)第二条による職員委員会の議を経、または職員委員会がその事務を行なつた事実がない、(3)また、教育委員会法(昭和二三年法律一七〇号)第三四条、第三七条所定の本件免職処分を附議すべきことの告示も公開の教育委員会における議決もなくされたものである、(4)しかも、一審被告は旧教育公務員特例法第一五条第三項により一審原告名波の不利益処分の審査請求について審判すべき権限を有しながら、免職処分の意思表示に際し、同時に右処分は確定的で、苦情の申立は認めない旨通告したものであり、以上の手続上の瑕疵は、いずれも本件免職処分を無効にするものであると主張する。ところで(1)一審原告名波主張の労働協約が、その主張にかかる当事者間に締結され、主張のような規定のあることは当事者間に争いないが、昭和二三年七月三一日公布施行された「昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令」(政令二〇一号)によると、国または地方公共団体の職員の地位にある者は国または地方公共団体に対しては団体交渉権を有しないとされ(一条一項本文)、その結果、団体交渉権を前提とする従来の労働協約も効力を失つたと解すべきであるから、右協約所定の人事委員会の協議を経ないことは当然であるし、(2)本件免職処分が職員委員会の議を経ていないことは当事者間に争いがないが、当時公立学校の校長、教員の任免、分限等に関しては教育公務員特別法(昭和二四年法律一号)第一五条により、当該校長、教員の属する学校を所管する教育委員会の権限に属しており(教育委員会法<昭和二三年法律一七〇号>第四九条第五号参照)、都道府県職員委員会は、校長、教員の任免について何らの権限を有しなかつたのであるから、本件免職処分が職員委員会の議を経ていないからといつて、問題とするには当らない。(3)本件免職処分について、教育委員会法所定の告示も、公開の教育委員会における議決もなかつたことは当事者間に争いがないが、教育委員会法(昭和二三年法律一七〇号)第四二条に基づき判定され昭和二三年一一月二四日公布の静岡県教育委員会教育長専決規程(同県教育委員会訓令四号)第四条(成立に争いのない乙第一九号証)によると、一審原告名波に対する免職処分は、静岡県教育委員会教育長限りで処理することのできる事項であるから、これについて教育委員会法所定の告示、公開の議決を必要としないことは明らかである。(4)本件免職処分に当つて苦情申立は認めない旨通告されたとの点については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。以上のとおり、これらの点に関する主張もまた理由がない。

(六)  次に、一審原告名波は、同人の免職処分に際して適用された官吏分限令が(1)ポツダム宣言の受諾と降伏文書の署名によつて失効し、(2)そうでないとしても、昭和二〇年一〇月一四日付連合国最高司令官命令「政治、民権、及び信教の自由に対する制限除去に関する件」によつて撤廃され、そうでなくても、昭和二〇年法律五一号「労働組合法」によつてこれと矛盾する限度で失効し、(3)「国家公務員法の一部を改正する法律(昭和二三年法律二二二号)附則第一二条により官吏懲戒委員会が廃止された結果、右委員会に委ねられていた分限に関する事務の遂行が不能になり、失効しているから、失効した官吏分限令に基づく免職処分は無効である旨主張する。しかしながら、(1)官吏分限令が明治憲法下の勅令であるからといつて、これがポツダム宣言の受諾と降伏文書の署名によつて直ちに失効するとは到底考えることはできないばかりでなく、(2)(3)前記教育公務員特例法第一五条、同法施行令(昭和二四年政令六号)第九条、地方自治法(昭和二二年法律六七号)附則第五条第一項によれば、公立学校の教職員の分限については官吏分限令の適用されることが明らかであつて、同令が右主張の法令等により廃止されていたものと解することはできないから、この点の主張もまた採用の限りでない。

三、一審原告村野の主張について。

(一)  一審原告村野は、同人が昭和二四年一〇月六日から同月八日にかけて教育事務所主事あるいは学校長に呼び出され、静岡県教職員定数条例により同人を免職せねばならず、これについて苦情の申立は一切許されないとし、退職願を提出しなければ懲戒免職にし、身分上の特権はすべて剥奪される旨言渡され、威迫されたため、退職願を出すに至つたもので、右の依願退職の意思表示は民法第九三条但書の規定により無効である旨主張する。この点についての当裁判所の判断は、「当審提出の全証拠によつても右認定を動かすには足りない。」と付加するほか、原判決の理由欄二、(四)(1)(2)の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決原本一七丁裏六行目の「乙第一三号証」とあるのを「乙第一三号証の一、二」と訂正する。)。

(二)  次に、一審原告村野は、同人に対する一審被告の退職勧告には、前記一審原告名波の主張するとおりの無効原因(名波主張の前記三の(一)ないし(六))があるから、これに基づく退職申出は効力がなく、依願退職も無効である旨主張する。この点に関する判断は、一審原告名波主張の前記三の(一)、(四)ないし(六)と同様の主張についてはそれぞれ右名波の主張に対する判断と同一であるからこれを引用し、同主張の前記三の(二)と同様の思想信条を理由とする無効原因については原判決理由欄二、(四)(3)の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決原本一九丁裏一二行目の「主張し」を「主張するが、一審被告が一審原告村野の思想信条を理由に退職勧告に及んだことについてはこれを認めるに足りる証拠がないのみならず」と訂正する。)。同主張の前記三の(三)と同様の無効原因としての退職勧告が不当労働行為であるとの点については、これを認めるに足りる証拠がないから、この主張は採用できない。

(三)  さらに、一審原告村野は、本件依願退職は同人の自発的意思に基づくものでなく実質は一方的免職処分であり、その処分は前記一審原告名波主張の無効原因(前記三の(一)ないし(六))と同一の理由により効力を生じない旨主張するが、一審原告村野に対する処分は前記認定のとおり同人の意思に基づく退職願による免職処分であつて、一方的処分ではないから、この主張も採用の限りでない。また一審原告村野は、本件退職の勧告には条件付免職の意思表示が包含されていた旨主張するが、これを認めるに足りる認拠はないから、これを前提とする主張も採用することはできない。

四、以上のとおり、一審原告浅沼、同田中、同松永、同鵜野の本件訴は、いずれも訴訟利益を欠き不適法であるし、同名波、同村野の本訴請求については、同人らに対する本件各処分が無効であるとする各主張は理由がないから、いずれも失当であるといわざるをえない。そこで、第五六号事件の控訴人らの本件訴を却下した原判決は正当であるから、同人らの本件各控訴を棄却することとし、第五七号事件については、右判断と異なる原判決は不当であるから、これを取り消し、一審原告名波の請求を棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例